Steve Jobsが死んだ。
朝起きてまずタイムラインを見た瞬間に飛び込んできたその一報は、寝惚け眼の僕の頭にハンマーで叩いたような衝撃を与えた。長らくすい臓癌の闘病生活を送っていたことは知っていたが、CEOの座をTim Cookに渡したのはつい数ヶ月前のことだ。長い、長い「闘い」が終わって、これから彼は病と闘いつつも穏やかな生活を送るんだ、僕はそう思っていた。
しかし、彼はそんな生易しい選択しなかったのだろう。自身のプロダクトが最高であることに尽力し続けた。命が果てる間際まで、本当の限界が来るまで。そして今日逝った。
一消費者である僕たちには、彼が携わったプロダクトがどこまでか知り得ない。でも、そんなことはどうでもいいのだ。Steve Jobsが作ったものはiMacでもなくiPhoneでもなく、「Appleそのもの」でしかないし、それは次代に引き継がれているのだから。
僕とAppleの出会いは、大学に入学するときに買ったPowerBookG4だった。その後、iMac、MacBookProと買い替えて今に至る。OSX以降しか知らないわけで、「信者」の方々に比べたら歴史は浅い。しかし、最も多感な時期にiPod、iPhoneの隆盛を目の当たりにし、実際に触れ、彼の作るものに驚嘆し続けてきた。そんな世代だ。
初めにMacを手にした理由は、格好良かったからだ。音楽をやっていたことも少しは影響しているものの、Macであることは必須ではない。シンプルで、洗練されていて、シルバーに輝くそのルックスに何より惹かれた。UIが素晴らしいなんて、買ってから知ったことだ。メモリを1GBに増設して、28万円。高校時代にバイトで溜めたお金を全て注ぎ込んだ。
家に届いて、箱を空けて、取り出したときの高揚感は今でも覚えている。愚鈍なタワー型PCをずっと使っていた自分にとって、「パソコンが綺麗」だという事実はあまりに衝撃的だった。そして、はやる気持ちが抑えきれず、起動する。そこからは全てが初体験だ。僕は奇しくも人生における重大な、そしてえも言われぬ快感の伴う、2つの初体験をほぼ同時期に経験した。
それから7年が経つ。僕もクリエイターの端くれだ。その間「どうやったら、こんなものが作れるんだろう」と、ずうっと考えてきた。もちろんこの問いに明確な答えなどないし、そもそも同じものを作れるわけがない。しかし、「こんなもの」を作ることは不可能ではないはずだ。なぜなら僕らは彼より未来を生きている。手のひらの上には、ヒントどころか答えがあるのだ。
だが、この数学の難問よりも難しいであろう問いの解法は、まだ見つかっていない。僕はこれを、ひとつの生きる理由にしようと思う。彼が存命であれば、もしくは、もし僕と同じ年の生まれだったとしたら。何を発想し、何を生み出しただろう。この世界をどう見ただろう。
理解の及ばぬところがまだ多いものの、僕には、ひとつ確信していることがある。それは、常に彼が「より良く」しようとしたということだ。その対象は手のひらの上の小さなデバイスであり、同時にそれらが繋がった大きな世界でもあった。独裁的で独善的だと言われながらも、真摯に本質に迫り続けた。ときにはユーザーを置き去りにしようとも。
僕はそれに倣いたい。社会の、延いては自らの常識を、慣習を疑い、幾重もの皮に包まれた本質に、一寸でも近づこうと挑み続けた、彼の背中を追いたいと願っている。たとえ、身を削ったとしても。
偉大なるSteve Jobsの死。これは「終わりなのか、始まりなのか」。もちろん決まっている。そんなことは、これからを生きる僕たち次第なのだ。僕らが「より良く」できるかどうかに、かかっている。自らの種を滅亡させるに足る力を持ってしまった僕たちは、より良くあり続けるしかないのだから。
” Think Different ”
彼は僕たちに、なんて難しい宿題を残したのだろう。現世のうちに終わらせるのには、いささか骨が折れそうだ。
R.I.P. Steve Jobs
2011 October 6th
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