この記事は、ぜひ大人に読んで欲しい。「小学校2年生の作文に泣かせられたよ。」

小学校2年生の作文に泣かせられたよ。 – Something Orange

元記事は2008年に書かれたものらしいんですが、なぜかはてなブックマークのホットエントリーに上がっていたので御紹介。まずは元記事を読んでみてください。

小学2年生の中村咲紀ちゃんが、「セロ弾きのゴーシュ」を主題として書いた作文。そこに「大人」の琴線に触れるものがありました。それは、「素直になること」の大切さです。

どうも歳を取ると人は意固地になりがちです。外的圧力による「自立」への強制。人に頼れない、甘えられない。人間は全知全能でも万能でもありませんから、それは非常に無理がある状態です。それは、大人とか子どもとか関係ないことなんですよね。咲紀ちゃんは、それを心にすうっと入ってくる素直な言葉で綴っています。

また、この記事の執筆者の方はこう述べています。

ひとは、ひとに頼ってもいいし、甘えてもいい。泣いても、わめいてもかまわない。不完全でも、不十分でも、他人に迷惑をかけてもいい。そのままで生きていっていい。ただひたすらに耐えてばかりいると、心が歪み、たわみ、ねじ曲がっていってしまうから。

程度の差はあれど、こうして歪んでしまう人は少なくないように思います。これは感情を理性で制するのを好しとする思想が、行き過ぎた結果なのかもしれません。

ざっくり言うと、「無理すんな!」ってことなんですよ。人によって「無理」のハードルの高さって違うんですけど、それが自然と高くなってきている。自立は能動的ではないと意味がないのに、受動的な自立を促してしまっている。それは丸投げな個人主義でしかありません。

もちろん、だからと言って過剰な依存を勧めるわけではありません。能動的な自立と、甘えに対しての相互寛容が共存すべきだと思います。人に波があるのは当然ですからね。咲紀ちゃんはこれを、素敵な言葉で著しています。

人は、みんな、心をくっつけ合って、生きていくのです。でも、くっつけすぎには気をつけて、みんな元気な時ははなれて、じぶんのことをちゃあんとするのがいいと思います。

なんと慧眼な小学生でしょう! これを子どもの戯言ととらえずに、真剣に向き合う大人が増えることを、僕は切に願います。

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  • 貴族猫

    この子が書いたことはある意味正解。でも素直になれない人間よりも過剰に依存した『くっつきすぎ』な人間の方が今の世の中には多くて、そっちの方が問題だと私は思う。
    無理はしなくていい、でも努力はしなくちゃダメ。
    ありのままの自分に満足したらそれで終わり。
    背伸びしなきゃ背は伸びません。