「マスメディアの若者論」の話。

昨晩はUstream配信による”徹底討論「若者は今、何を思う?」@渋谷スタジオ”に出演しました。今回は実験的な配信でしたが、今後の展開が楽しみな企画でしたね。アーカイブはこちらで見れますので、お時間ある方はぜひご覧ください。所感はTwitterで垂れ流そうと思います。

そういえば、帰宅後討論を反芻していると、同じ会話が何度か出てきたことに気付きました。それは、「社会問題を論じていても、いまいち実感がない」ということでした。マスメディアが不況だ、少子化だ、と言っているのは聞くけど、自分たちはその状態しか知らないので違和感を感じないわけですね。「今よりも子どもを産む若者」を、僕たちは見ていないわけですから。これ、重要なポイントなんじゃないかなあと思います。

マスメディアで流れてくる若者論というのは、「若者が○○しなくなった」というものが多いです。「若者の○○離れ」なんかも同様です。でも、これってよく考えたら意味わかんないですよね。例えば、僕がもともと高級車を大好きで、あるとき飽きてしまって「車なんかもういらないよ!」ってなったら、「若者の車離れ」で正解です。しかし、僕はもともと車を所有する欲求はそこまで強くありません。彼らが僕らと比べているのは、数十年前の、どこかの若者なわけです。これ、比較対象としておかしいですよね。

全ての若者論に、同様のことが言えます。「若者」という言葉でラベリングすることによって、時間の経過を無いものとしているわけです。こんなことをするのは、おそらく「ビジネス上の都合」でしょうね。こういう情報に踊らされないようにするためには、マスメディア(もちろんインターネットも!)の垂れ流す情報を盲目的に信じない、どんなに信頼できそうな情報も一度自分の中で熟考するという癖をつけることが必要です。都合よく食い扶持にされるのも腹立たしいですからね。

ここで最初の話に戻ります。「社会問題を論じていても、いまいち実感がない」っていうやつですね。そりゃそうですよ。上で書いたように、若者は今しか知らないんですから。僕たちにとっては、今が当たり前で、これが普通。ですから、それを批判されるっていうのは気分は最悪なんですね。

さらに、ここには非常に大きな問題点が隠されています。「今の若者が○○だ」とは言っても、この僕たちが生きている社会を作ったのは、作っているのは上の世代なわけです。僕たちが先天的に「○○離れ」してるわけじゃなくて、離れてく環境を作っているのは、同時にそれを批判している彼らなんです。この矛盾を見ていて、僕は非常に嫌な気分になります。

この状況って、本当にネガティブです。プライベートだったら「腐ってんなー!」って言ってます。実際腐ってますね。自分たちが若者をそう方向づけているのに、それをネタに若者を批判する。あぁ、これって中学生のいじめでよくあるパターンじゃないか!

個人レベルではどうかわかりませんが、社会の風潮としてそういう状況です。これで「大人が云々」なんてギャグでしかないですね。子どものような社会です。と言うと子どもに失礼ですね。「馬鹿な子どものような社会」です。

世代論にして対立構造を生み出すことに意味はありません。しかし、こういう馬鹿な風潮に対しての適切な反論はしていくべきだと思います。その際のひとつのツールとして、新しいメディアであるUstreamは一定の可能性は秘めているのではないでしょうか。

昨晩の討論でも俎上に載りましたが、もっと寛容になれたら良いですね。いろんなことの、余裕のなさがそういう殺伐とした状況を生み出しているように感じます。他者との差違を楽しむくらいの、そんな心に余裕を持った人が増えたら、日本はもっと生きやすい国になるはずですから。

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